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行内全体に横溢していた「ミスさえしなければよい」という価値観を払拭し、Sらしい進取の気概を取り戻したかったのです。 金融自由化と不良債権処理の狭間でとはいえ、その後も厳しい局面が続きましたね.就任半年後には、北海道拓殖銀行、山一誼券が相次いで破綻し、金融危機が表面化。
チャーとして設立した、大口の法人を対象とした証券業務を専門に行なう投資銀行です。生涯の中でも一番大きな事件と言っていいほど、衝撃的な事件でした。 その後も、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が国有化され、銀行界には再編の嵐が吹き荒れました。
経営が求められる一方、不良債権処理という、過去の負の財産の清算も、依然として私たちの足元を脅かしていました。 この両方の舵取りには、ほんとうに緊張感を強いられた。
自分が一つ間違った判断をすれば、一つ判断のタイミングを誤れば、日本経済全体を危機に陥れてしまうかもしれないというプレッシャーが常にありました。 それでも、1998年にはD証券との提携を発表翌明年にはS銀行との経営統合を発表するなど、次の時代を見据えた布石を打ち続けました。
格的に提携するのは、日本では初めてのことでした。 合弁会社への出資比率が、D証券が6割、S銀行が4割だったので、ある経済誌のトップから「Nさんよく譲ったね」と言われましたが、これからは日本でも投資銀行業務を育てていかなくてはいけないと強く思っていたので、何としてでも実現したかった。
提携から3年近く経ち、当初の構想からすればまだまだですが、それでも随分と育ってきたという実感があります。 あのときに始めてよかったと思っています。
私は、企業合併において重要なことはスピードと人事だと思っています。 もちろん滅茶苦茶なスケジュールではだめですが、最低これだけの時間があればこれだけのことはやれるという見通しを立てることができれば、絶対に早くやるべきです。

時間をかけて細かいことをあれこれ詰めていこうとすると、どうしてもおかしな方向に進んでしまうし、人も疲れてきます。 それでうまくいくということは、あり得ない。
もう一つは人事の問題です。 合併の際には、しばしば、樺がけ人事とかバランス人事というような人事の調整が行なわれます。
「旧銀行同士の人事のバランスが大切」などと説明されますが、私は、それを極力避けたかった。 厳しい競争の時代に勝ち残るには、そんな悠長なことをしていてはいけない。
やはり、能力主義の人事でないと勝ち残れないと考えたからです。 そのためにも、経営統合の準備をゆっくりとやっていてはいけないと思いました。
時間をかければ、それだけ調整という発想が組織の中にはびこってくるものです。 鉄は熱いうちに打って、新銀行には能力主義をしっかりと定着させたかったのです。
不良債権処理が本格化する中、2003年3月にゴールドマン・サックスが巨額増資を引き受けました。 この件については、Nさんの手法が強引であるという批判も強かったのですが、Nさんの真意はどこにあったのですか。
当時は、不良債権処理がまだ予断を許さない状況で、MSフィナンシャルグループとしては相当規模の資本増強を行なう必要があると感じていました。 そこで2002年の夏頃から交渉を始めて、1500億円の第三者割当増資と、海外公募による3500億円の増資を、いずれも優先株の形で引き受けてもらうことをゴールドマン・サックスにお願いしたのです。
交渉がほぼまとまったときには、当時ゴールドマン・サックスのCEO(最高経営責任者)で現在は米国財務長官のヘンリー・ポールソンと、COO(最高執行責任者)で現在はニューョーク証券取引所を運営するNYSEグループCEOのジョン・セインが私のもとに来て、「Nさんを信じて、ゴールドマン・サックスは増資に応じるのです」と言ってくれました。 厳しい取引を行なうアメリカのインベストメントバンカーがこういう判断をするのかと、このときの言葉は大変に印象に残っています。

私の目からすれば、他の投資銀行はゴールドマン・サックスの直接投資を耳にして、あわてて調子のいい条件を出してきただけというように見えました。 増資は絶対に2003年3月までに行なう必要があり、合計5000億円もの増資を期日どおりにやってくれるのはゴールドマン・サックスだけでした。
それで、私はゴールドマン・サックスで押し切ったのです。 その後、日本の銀行の株価は軒並み暴落しました。
MSフィナンシャルグループも、株価を激しく下げました。 ゴールドマン・サックスはあれだけの規模の会社なので、それでジタバタすることはありませんでしたし、私も「必ず回復しますから」と言い続けたのですが、やはり内心、生きた心地がしませんでした。
増資引き受けを申し入れてきた投資銀行はゴールドマン・サックスのほかにもありました。 しかもMSフィナンシャルグループにとってより有利な条件での申し入れもあつたので、土壇場になって、銀行内からは、「他の投資銀行のほうがいいのではないか」という声があがりました。
この問題については、私は事実上、孤立無援だったと言ってもこれには、ちょっとした経緯がありました。 田原総一朗氏が「ビッグバンのことを聞きたい」と言って銀行にお見えになり、日頃私が思っていたことをお話ししました。
すると、「ビッグバンをもっと早く実施すべきだと言うのはあなただけだ」と言うのです。 それまでは、ビッグバンに批判的な立場の方だという印象があったので、「なかなか理解のある方だな」と思った。
その後、田原さんから番組への出演を依頼され、お受けしたわけです。 私自身、「サンデープロジェクト』をときどき見ていて、視聴率も高そうだし、影響力の大きな番組だと思っていました。
不良債権問題で銀行に激しい逆風が吹き付けていた時期だからこそ、私が出演することで、何か訴えられるものはあるはずだと思い、あえて出不良債権問題が厳しさを増した当時、テレビ朝日の『サンデープロジェクト』に出演したことがありましたね。 銀行のトップがテレビの生放送で発言したというのは、あとにも先にもNさんだけかと思うのですが。

銀行の頭取がそのような番組に出るのは前例のないことだったそうですが、私にはその意識はありませんでした。 周囲の反響は予想以上に大きく、「よく出ますね」とか「言いたいことを言っていますね」などと言われました。
批判もありました。 私としてはかなり慎重に発言したつもりだったので、ちょっと意外だったことを覚えています。
逆風下ではテレビになど出ないで、黙っていればよいということだったのかもしれません。 私の流儀ではないのです。
いや、外からはそのように見えたのかもしれませんが、私自身にトップダウンでやらなければという意識はありませんでした。 たとえば、コスト削減のために100日作戦をやろうとか、支店の窓口を個人と法人に分けて新たに法人部をつくろうとか、業務純益ナンバーワンを目指そうといった方針を示すのは、たしかにトップの仕事です。
何もかも自分の独断で決めていたわけではない。 ただ、たとえば支店を二つに割ろうというようなとき、部長や支店長を集めて会議をしても、あまり本音は聞けません。

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